【著者プロフィール】長谷川 真人
2001年New York University修士課程合格。日本理学療法士免許取得後、渡米。2005年5月 Certified Therapeutic Recreation Specialist資格取得、のちにNew York州PT免許取得。現所属は東京大学医学部附属病院

アメリカ留学へのきっかけ

 留学がしたい!そんな漠然とした気持ちをはじめて抱いたきっかけは、高校時代、イギリス人の英語の先生に会い、色々と現地での生活等のお話を聞いた時だったと思います。

 それでも、その当時は具体的な留学計画が有った訳ではありませんでした。そんな私が、本格的に留学計画を行ったきっかけは、大学3年時の1999年に日本で開催されたWCPT the International Congress へのボランティア参加でした。

 WCPTは正式名称をThe World Confederation of Physical Therapy(www.wcpt.org)といい、世界101カ国で構成される(2007年時点)非営利団体で、主要な活動の一つとして、4年に一度の国際学会を開催しています。

 私は、浮世絵イラスト入りのTシャツ販売や当時は目新しいデジタルカメラでプリクラを作成する日本グッズコーナーに配属されました。「This is a good souvenir for you!」等と日本グッズの売り込みをしながら、拙い英語ながらも世界各国の理学療法士と交流し、感激した事を今でも覚えています。

 また、殆ど分からないながらも、動物に対する理学療法や骨盤底筋群に対するアプローチ等、今まで考えもしなかった分野で世界各国にて活躍する様々な理学療法士の発表を聞けた事も非常に貴重な経験となったと思います。

 このような主要な国際学会が幸運にも日本で開催された為、更に世界の理学療法をもっと知りたいという気持ちが強くなり、海外留学を具体的に考え出しました。そして、理学療法が盛んと評判で、学会中の発表も多かったアメリカにて学んでみたいと思い、準備を進めていきました。

WCPTのプログラム写真

(WCPTのプログラム写真)

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アメリカ留学準備

 留学に対してどのようなイメージを持っていますか?楽しい学生生活?厳しい学業?留学といっても、1ヶ月程の短期語学学校から4年間の学士、通常2年間の修士、そして平均5年間の博士課程等と様々な形式があります。

 そこで私は、周囲のPT、OT、医師等の先生方に留学体験談を伺い、同時に、留学に必須の英語学習を独学で続ける一方、インターネットで全米各大学の特色を調べました。結果として、色々な情報が得られ、自分に合った選択肢を考えていく事が出来ました。大学卒業直後に留学する予定だったので、修士課程への留学を目指しました。

 留学の際に、一番大事な点は、自分の将来設計に合う学校、専攻をきちんと選ぶ事だと思います。私には、幸運にも周囲に的確な助言をいただける先生方がいました。私は、助言いただき、理学療法学課程か、アメリカで発展しているセラピューティックレクリエーション学課程のどちらを修士で学ぶか迷った結果、障害者スポーツに関連した内容で日本では学べない学業という理由で後者を選びました。そして幾つかの受験校を決め、必要な準備を進めていきました。

 アメリカの大学、大学院入学試験は、日本のような学校別の筆記試験はありません。留学生に対しては、TOEFLという英語試験での一定の点数に加え、学部はSAT、大学院はGREという統一試験で一定の点数、大学と高校の評定平均、将来の目標に関する小論文、推薦状、部活動などの課外活動などを総合評価されて入学許可が与えられるという仕組みです。

 大学4年時の2月にニューヨークの大学院への合格が決まり、理学療法士国家試験終了後、学生ビザを取得し、現地の住居確保、学生保険加盟手続き、予防接種証明等を慌しく準備していき、5月末に米国留学を開始しました。

留学先の写真

(留学先の写真)

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アメリカの医療事情

 アメリカ留学中、様々な医療現場を見る機会がありました。実習では、高齢者介護保健施設、ニューヨーク大学附属病院の精神科、勤務先では、Jewish Home Lifecare (www.jewishhome.org)という 高齢者総合介護施設(特養から入院リハビリテーション施設、ディサービス、在宅ケアまで包括的なサービス)とニューヨーク大学附属病院急性期理学療法部門(http://www.med.nyu.edu/)にて経験しました。

 どの医療場面でも強く感じた事が、医療の分業化と専門性の確立したサービスです。色々な医療専門職がお互いの職域を理解し、定期的な会議や伝達書類、電子カルテなどを通して、勤務していました。

 私が資格を取ったレクリエーションセラピストや他にもソーシャルワーカー、音楽療法士、芸術療法士、ボランティアコーディネーター等というアメリカで発展している専門職も医療の現場で活発に勤務しています。

 他にアメリカ医療の大きな特徴として、医療費に対する民間保険会社の影響が大きい事です。

 アメリカは国民皆保険制度が無いので、民間保険または低所得者用の公的保険に加入するか、保険を持たないということになります。民間保険会社は医療費を抑制する為に、一定の医療サービスへの支払い基準を設置し、医療従事者は一定の医療報酬を得る為に、支払い基準を常に理解して医療サービスを行わなければなりません。また、保険会社は科学的根拠がある医療、Evidence Based Medicine(EBM)に基づいた医療サービスをより強く求めるようになっています。

 これらの影響は賛否両論あり、アメリカでも多くの議論が起きています。アメリカ医療制度に関するドキュメンタリー映画が話題を呼びました。
 

Jewish Home

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アメリカでの理学療法

 アメリカ英語で理学療法士をPhysical Therapist:PTといいます(イギリス英語でPhysiotherapist)。アメリカで、「I am a physical therapist」というと大抵の人が、「That's a great job!(いい仕事だね!)」と反応するように、社会的認知度がかなり高い職業といえます。

 アメリカのPTの詳しい活動内容は、アメリカ理学療法士協会(American Physical Therapy Association:APTA)のホームページ(www.apta.org)を見ることが一番です。1921年に発足したAPTAの歩みから、個々の理学療法テクニック、最新の研究情報、一般向けの健康教育的な理学療法情報、活発な政治的活動内容など、多岐に渡る情報があり、社会的認知度が高いことも納得出来る気がします。

 4択のコンピューター試験は全米共通ですが、アメリカのPT免許は州毎に発行されるので、各州によって免許取得の条件が若干変わってきます。一般的な特徴として、アメリカでPT教育を受けた場合、修士もしくはPT専門博士(Doctor of Physical Therapy)を習得する必要や開業権が与えられていることなどが挙げられます。

 Evidenced base Physical Therapy(科学的根拠のある理学療法)の実施がとても重要視され、臨床、研究、教育、政治分野共々にアメリカのPTは非常にActive(活発)な活動を行っているといえます。

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留学を終えて

 2001年に渡米し、現地での勤務も含め、合計で6年間の留学生活を送りました。長いようであっという間の6年間でしたが、今このコラムを通して改めて留学の意義を考えています。

 最初に留学願望を持った時を思い出すと、留学する事のみに考えが集中していた気がします。果たして留学後の人生計画が十分立っていたのか疑問を抱いてしまいます。恐らく渡米前は、留学すれば何か未来が開けるといった楽観的な考えを持っていたのかもしれません。

 留学してみて色々と得た事もありました。先ずは自分が生まれ育った日本の素晴らしさを改めて実感出来た事です。日本を離れ、外国に住むことによって比較基準が生まれ、客観的に日本の状況をみつめられるようになったからだと思います。

 また、留学当初は、英会話がたどたどしかったのですが、結果的に、英語能力が身に付いた事は良かったと思います。なぜなら、今は、インターネットを通して世界中の情報にアクセス出来る時代であり、英語で記載されているとても情報が多いからです。

 また、留学を開始した2001年に米国同時テロという歴史的な大事件が起こり、かつ、多民族国家のアメリカに住んだためかと自己分析していますが、色々な方々の多様な考え方、習慣、伝統などについて、より興味を持つようになった気がします。

 どんな出来事でもそうですが、留学という出来事自体は、人生の通過過程であって、最終的に達成するべき目標ではないのだと思います。今では、留学経験は私に最終的な活動目標をより深く考えさせる様々な機会を与えてくれていたのだと信じています。

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