【著者プロフィール】杉原 弘康
2001年ボストン市(マサチューセッツ州)へ留学。2006年マサチューセッツ総合病院(MGH)大学院にて理学療法学博士(Doctor of Physical Therapy: DPT) 取得。東京都出身。

アメリカでPTに必要なスキルは

(1)臨床スキル
(2)コミュニケーション・交渉スキル
(3)文章(作成)スキル
(4)マネージメントスキルとビジネススキル
(5)適応力(柔軟性)

これらはアメリカでPTとしてサバイバルするための大事なキーワードです。

上へ ▲

(1)臨床スキル

アメリカの理学療法は、専門化がすすんでいます。
役割の分担をはっきりさせて、なるべく短い治療期間で、できるだけ大きな治療成果を上げるためです。

おもな専門分野には、おなじみの筋骨系(Orthopedic)、神経系(Neurology)、心肺系(Cardiopulmonary)から、最近では女性系(産婦人科を含む:Women's Health)が含まれます。

アメリカの理学療法では、スポーツ外傷からHIV感染まで様々な疾病を持った患者さんを治療します。幅広い医学知識が求められ、その中には仮病の見抜き方(!?)まで含まれています。

理学療法でいう「仮病」の主なものは、患者さんが本当は痛くないのに痛いと言うとか、本当は動ける(歩ける)のに動けない(歩けない)と言うことです。

例えば腰痛の治療ではワデルサイン(Waddell's Signs) というテストを使います。
このテストは簡単にいうと、腰痛が痛くなるはずのないことをして「痛い」と言えば、もしかして仮病(?)...となるわけです。こちらでは、たまにこういった実に困った患者さんも見かけます。

最近話題の臨床スキルには、徒手療法(Manual Therapy)、ロコモータートレーニングや、めまい・平衡器官のリハビリ(vestibular rehabilitation)などがあります。

また、これは日本でも同じだと思いますが、入院急性期、入院リハビリや外来のそれぞれで中心になる臨床スキルは、全く異なります。

入院病棟では歩行訓練、外来では運動療法(処方)が重要視されます。
アメリカの理学療法は、患者さんが生きていくのに必要な様々な「動き(動くこと)」についての診断・治療をする専門家として生き残りをかけているのです。

また、アメリカの理学療法は、「とにかく早く治療結果を出す」ということを重視しています。この「スピード感」は、アメリカの理学療法の特徴です。
われわれPTは、患者さんが「とにかく早く歩ける・動けるようになる」ことに必死です。

例えば、私は、今勤めているサンフランシスコ市の急性期(手術後)病棟では、理学療法を1~3日で終えて退院してもらうのを目標にしています。
また、私は前の職場のボストン市のリハビリ専門病院では2~5週間、また同じ病院での外来理学療法で3~5週間(2回/週)くらいで、理学療法を終了してもらうようにしていました。

では早く治療結果を出すために、どんなスキルが効果的なのでしょうか。
マニュアルセラピー(Thrust technique など)は効果が早いとされていて、研究がすすんできています。
また、患者さんが空いた時間に自分で簡単な理学療法ができれば回復は早まるでしょうし、治療のための知恵をみんなで出し合うことは大切で「3人集まれば文殊の知恵」です。

このように、「患者教育スキル」と「患者紹介スキル」(どの専門職に紹介(Referral) するか)は、アメリカで早く治療結果を出すためのキーワードです。
この辺りのことは、次項の「コミュニケーション・交渉スキル」に大きく関わってきます。
 

サンフランシスコの病院にある、「リハビリテーション・パーク(庭園)」

PTは砂浜、じゃり道や急坂を含んだいろいろ場所を想定しての実用的な歩行訓練ができるので、とても助かっています。

上へ ▲

(2)コミュニケーション・交渉スキル

アメリカで働いていく上で、「コミュニケーション」は多くの日本人にとって大きな関門だとと思います。
私自身、もうすぐアメリカに来てもうすぐ何年も経つのですが今だに悪戦苦闘させられることがあります。
コミュニケーションと一言で言っても、それにはいろいろなのトピックを含んでいます。
医療英語や日常英会話のことはもちろんなのですが、今日はこれらとは少しちがった視点の「コミュニケーション」についてお話しします。

英会話に関しては、アメリカでPTとして働くためにネイティブなみの発音で流暢にしゃべることがそれほど重要だとは感じません。(そうであればカッコいいことは勿論なのですが。)
多くのアメリカ人が、いろいろな国の言葉を母国語としていて特有のアクセントを持っていることも多いので、こちらの発音に訛(なまり)があっても気にしません。
それよりも、間違いなく必要とされるのは、「分かりやすく」そして、「伝わる」ということです。
声のトーン(強弱)、身振り手振り、顔の表情、そして言葉を同時に使ってとにかく相手に伝える、分かってもらうことが、コミュニケーションの秘訣です。

アメリカで患者さんとの実際のコミュニケーションでとても大切なのは、これから行う治療や手順、効果(と副作用)を「説明」すること、患者さんが「理解」して、「同意」していることを確認することです。
この一連の手順をアメリカの患者さんは「親切で丁寧」と感じるようです。
実際こうすることで、患者さんの「信頼」と「やる気(Motivation)」が変わってきます。
[やる気」が変わると、「結果」が変わってくるわけです。
患者さん自身が理学療法の効果とその手順を知ることは、治療効果を上げるための必要条件です。

また、「交渉力」はコミュニケーションスキルの大きな一部分だと感じます。
PTがケースマネジャーと協力して、入院期間延長や特別な器具の保険適応を医療保険会社に対して交渉することもありますし、また、患者さんに少しでも早く回復してもらうために、自分とは違う分野のエキスパートのPTとの連携が必要なことがあります。
医師、OT、看護師などの他職種の方々の協力は常に必要です。
多方面の方々の様々な協力を得るためには交渉力が勝負です。

私の尊敬しているPTのメアリー先生の「交渉力」にはいつも感心します。
彼女の交渉テクニックは、あくまでも相手の具体的なメリットをきちんと説明すること、淡々とシンプルに説明していること、それと「私が( I )」とか「あなたが( You )」という言い方を極力避けて、そのかわりに「私たちは(We)」と話を進めていくことです。
このようなことに気をつけることによって、お互いが感情的になって交渉がもつれることを防ぐことができるようです。
先日、私もこの交渉テクニックで「手」を専門としているエキスパートPTと協力してある患者さんの理学療法をスムーズに行うことができました。

そして、何よりも大切なのは「ハート」(こころ)でしょう。
こちらが「応援団」であることが伝わっていること。
これは言葉や国境の壁を確実にこえていきます。

上へ ▲

(3)文章(作成)スキル

 文書作成 (documentation) スキルというのは、英語に関わったスキルのなかでも特に重要度が高いかも知れません。
 どんな職種に限らず、文書作りというのは記録・証拠を残すということですからその後になにか問題があった時には、責任問題の話し合いはそれらの文書をもとにおこなわれます。
 特にアメリカは「訴訟社会」ですから、文書作成にはいつも注意が必要なのです。私の妻(日本人)はこちらの小学校の教員なのですが、彼女も小学校での子供達に関しての様々な文書を作成する時はいつも以上に気をつかう、と言っています。

 アメリカでPTが作成する主な文書には、理学療法評価(開始時、終了時、そして週間)、日ごとの理学療法記録やPT所見(提言)などがありまして、多くの場合それらを紙面とコンピュータ(電子カルテ)に記録していきます。
 それらの文書は、例えば急性期病院では患者さんの「安全性」の観点から法的に大きな力をもっています。
 私の現在の職場ではカルテ監査委員会がありまして、ほぼ1ヶ月に一回は私が作成した紙面とコンピュータ両方のカルテの文書がチェックされています。
 この結果は次の年の査定や昇給にも影響するのでこちらも必死です。このようにPT業務の上で文書作成にかなりの比重が置かれるのは、アメリカ理学療法の特徴のひとつでしょう。
 私自身、職場からの給料の半分(もしくはそれ以上)は、理学療法のカルテ記入やその他の文書作成のためにもらっているのかなと、時々感じてしまいます。

 「ペンは剣に勝る」という言葉もありますが、では、説得力のある文章を書くコツにはどんなことがあるのでしょうか。
 PTとしての提言とその根拠をシンプル・明確に書くこと、「患者さんの安全」などの重要事項を理由に含めること、言葉選びの際に相手が好んで使う言葉を自分も使うようにすること、などが含まれるかもしれません。
 例えば、「to prevent with fall」 と書くと却下されてしまうのに 「to minimize risk of fall」 と書くと受理されると聞きます。
 両方の表現の言いたいことは同じなのに、不思議ですよね。

 説得力のある文書をつくることができると、特殊なリハ器具を保険で払ってもらえることがあったり、 理学療法の保険適応を延長が許可されたりするなど、理学療法を患者さんに有利に進めることができるのです。
 先日、私の勤務先で、ある患者さんの理学療法がその方の回復の遅れから打ち切りになりそうになった事がありました。
 そこで、「家族の介護スキル」の訓練に焦点をあてて文書を作成して理学療法の延長を認めてもらう事ができたのです。
 普段は文書作成には苦労させらることが多いのですが、この時ばかりは大喜びして、また文書の強さというのを実感しました。

上へ ▲

(4)マネージメントスキルとビジネススキル

「ビジネススキルとマネージメントスキル」というのは、PTにとってすごく重要なスキルだと思っています。ちなみに、私が好きな話でもあるので、この話をしはじめると話が止まらなくなってしまいます。「ビジネススキル」というと、一見PT にはまったく関係のない分野のようですが、実際には(特にアメリカでは)PTにも深く関わっています。

「ビジネススキル」は、PT管理職・経営者だけにでなく、一般のPTにも大切なスキルなのです。例えば、PTとしての就職・異動の際に、新しい職場と勤務条件や給料の交渉をうまくすすめるのも「ビジネススキル」のひとつです。また、自分のPTクリニックの開業を目指して計画を立てていくことも「ビジネススキル」のひとつでしょう。

PTの「マネージメントスキル」といえば、自分が担当の患者さん全員の理学療法計画・スケジュールを管理することから、自分の部下のPTの業務内容を管理することまで含まれます。

では次に、ビジネススキルをPT経営者の面からお話ししましょう。

アメリカのPTはイギリス、オーストラリア、カナダのPTと同様に開業権がありまして、自分がPT免許を取得した州において、PTクリニックを経営することが認められています。その規模は、株式市場に上場しているような大きなPTクリニック(会社)から、小規模の個人経営のクリニックまで様々です。

私もこの1、2年をメドに、小規模(個人経営)でのPT開業を目標にしています。私の場合、クリニック開業成功の鍵は「専門特化のマーケティング」と「身の丈経営」だと考えて、ビジネスプランを練っているところなのです。

それでは、ビジネススキルとマネージメントスキルを高めるには、どんな知識が必要なのでしょうか。私たちPTが仕事と収入を安定、継続させるためには、臨床スキルとともにファイナンス(医療保険と理学療法の支払いの仕組み)、マーケティング(どんな患者さんがいて、自分はどんな理学療法を提供できるのか)、医療法と政策(Health Policy)などを、PTが関わっている範囲で知っておくことが大切です。

実際にアメリカのPT養成校は、これら分野のことを教えることを義務づけられています。私が修了した大学院の DPT(Doctor of Physical Therapy)
課程では、マネージメントの講座が必修で、その中には将来リハビリテーション部またはPTクリニックを運営するであろう日に備えての、予算案の作り方の講義も含まれていました。そのため、私自身もその講義の課題として予算企画書を作ったりしました。こういったスキルは、先ほどお話したPTの開業権に大きく関わってきます。

このように考えてみると、「ビジネススキルとマネージメントスキル」を磨くことは、PTとしての仕事をスムーズに行い、またPTとして自分自身を高めて、将来への可能性と夢を広げていくためにとても重要なスキルに思えてならないのです。

上へ ▲

(5)適応力(柔軟性)

 「適応力」というのは、新しい状況に自分を柔軟に合わせながらサバイバルする(生き残る)ための能力であると私は考えています。 私自身を振り返ってみると、7年前にアメリカのボストン市に単身で渡って以来、この適応力を試される毎日の連続だったような気がしますし、これからもきっとそうでしょう。アメリカに渡って、こちらの病院で働き、こちらの患者さんを英語でPT診療をしていくーそんな時に大切だなあ、と普段から感じるのが今日のトピックの「適応力」なのです。つまり、PTとしてサバイバルするために、どう自分を変えていくのか、ということが今回のテーマです。最後の項は、どんな考え方や捉え方をすると適応力をつけることができるのかをお話ししたいと思います。
 
 アメリカでPTとしての適応力をつけるために、私がまず最初に思い浮かぶのは、自分の強みを知ること、そしてその強みをアメリカ社会や職場で応用するといことです。私は、アメリカ社会に適応するということはアメリカナイズ(アメリカかぶれ)するということではない、と思っています。特にアメリカ社会は、それぞれが自分の得意なことをやるのが社会全体にも良い、と考えている社会ですので、自分の日本人としてまたは個人としての強み・長所を知り、それを生かしていくことがとても大切なわけです。まさに、「己を知れば、百戦危うからず」です。私がまだ大学院生だった頃に、私の臨床教官が私の強みのひとつは「とても丁寧で、キチンと仕事をしようとしていること。」だと教えてくれました。それ以来、その姿勢は崩さないようにいつも心がけています。このことは日本人が仕事をする時には当たり前のことですが、こちらではそういう姿勢が見えにくい人も実に多いのです。私の場合、日本人らしい丁寧なPT診療は、アメリカ人の患者さんとのよい信頼関係(ラポール)を築くのにとても役立っています。
 
 自分の強みや長所を知った上で、アメリカでPTとして適応していくために大切なこととして思い浮かぶことは、自分の職場でのPTとしての業務内容や特に重要なノルマをしっかりと把握しておくことです。そうすることで、自分の強みを実際にどういう形で応用していくかを考えることができます。例えば、私のPTとしての強みのひとつは先ほどお伝えしたように丁寧なPT診療である一方、勤務先からは決められた業務を一日8時間の定時内で終らせることを要求されています。ちなみにアメリカでは、残業というのは倫理面などのそのほかの問題が出てきてしまうことがあるため、嫌が応でもPTの業務をかなりのスピードでこなしていかなくてはなりません。そんな中で、私の強みの「丁寧さ」と勤務先から要求された「スピード感」を両立するために、私は「準備 (preparation) と整理 (organizing) 」を工夫するという形で自分の長所を応用することにしました。このようにして、私はアメリカの医療業界に自分を適応させてきました。

 私自身アメリカ社会で生活し様々な環境に適応しようと知恵をしぼってああでもないこうでもないといろいろ考えるわけですけれども、7年経った今でも試行錯誤の毎日です。そんな中で思うのは、自分ができることをしっかりと考えて実行した後は、「人事を尽くして天命を待つ」と言うと大げさですけど「今の自分ができることはすべてやったのだ」と自分自身に満足しストレスをためないことも大切なスキルのひとつだということです。そうでないと、身体も心もとても持ちません。自分の置かれた状況を的確に判断し、ストラテジック(戦略的)に知恵を絞り、そして自分らしさと共にベストを尽くす! 流れの速い医療現場に「適応」するためには、この考え方は我々PT自身のためにも、そして私たちが理学療法を行う患者さんの回復のためにも大切なのではないでしょうか。

 全5項にわたって、ご閲覧いただきありがとうございました。海を越えたこちらアメリカで私がPTとして感じていることが、日本のPT学生の皆さんへのメッセージとして何かしらの参考になれば幸いです。

追記:この写真は私の職場から見えるサンフランシスコの風景です。こんな風景を見ながら、試行錯誤をくりかえして理学療法に携わっています。

上へ ▲