アメリカの理学療法教育
長谷川 真人・理学療法士。2001年New York University修士課程合格。日本理学療法士免許取得後、渡米。2005年5月 Certified Therapeutic Recreation Specialist資格取得、のちにニューヨーク州理学療法士免許取得。2008年3月〜現在は東京大学医学部附属病院所属。
アメリカでの理学療法教育の概要
日本では理学療法士養成教育は、3年制専門学校・短期大学、4年制専門学校、大学と幾つかの選択肢があり、志望者の様々な状況に応えるシステムになっています。
一方、アメリカでは、修士又は専門職理学療法博士(Doctor of Physical Therapy)の課程しかありません。入学条件には、大学時代の高い評定平均や推薦状などがあり、全米で210存在する理学療法プログラムへの入学は狭き門となっています。
一般的にアメリカの多くの学生は自分で学費を稼いだり、ローンを組んだりするので、入学前に将来を見通した高い目的意識を持っている人が多くなります。そして一旦入学すると、臨床実習に加え、数々のレポート課題やミニ試験に加え、中間、期末試験などがあり、常に授業に専念する必要があります。
そんな学生の学習意欲を支援する為に、毎日24時間オープンの図書館や、上級生による補修的な学習サポートをするサービス等、様々な学習支援体制が整っています。
このような環境の中、アメリカでの理学療法プログラムには、非常に意識の高い学生が集まっているといえるでしょう。
Boston Universityの風景
アメリカの理学療法教育の発展
理学療法の始まりは、ヒポクラテスが提唱した運動療法といわれています。
一番古い教育課程として記録があるのが、1894年のイギリスでの理学療法団体が挙げられます。
(http://en.wikipedia.org/wiki/Physical_therapy)
アメリカで一番古い理学療法士(PT)養成機関は、1914年のオレゴンにあるReed Collegeといわれています。
第2次世界大戦やポリオの流行を経て、アメリカのPTは医療分野に欠かせない専門職となっていきました。
その後、多くが学士レベルでの教育を提供していましたが、1979年にAmerican Physical Therapist Association(APTA)が養成教育を学士から修士レベルに引き上げるという方針を発表し、各プログラムは修士課程へと変化していきました。
1990年代終わりまでは、PT養成教育は、学士と修士課程が混同していましたが、2002年より、全ての課程が修士レベル以上であることになりました。
一方でDoctor of Physical TherapyといわれるPT専門博士教育課程が1990年代初めより設立され、年々プログラム数が増加し、現在では、DPTプログラムがアメリカのPT養成教育の主流となっています。
一連の流れをみてみると、現在、アメリカのPTは、学士、修士、博士と様々な過程を卒業した人々が混在しています。
このような状況で、APTAでは、2020年までに全てのPTがDPT教育レベルを有していることを目標として、学士、修士のみを持つPTの為に短期間でDPTを取得できる移行プログラムも多く設立されています。
アメリカのPT養成教育は、日々発展しているといえるでしょう。
アメリカの理学療法士教育実際 その1
アメリカでの理学療法士養成課程は、修士と博士(Doctor of Physical Therapy)があるとお伝えしてきましたが、その具体的な内容について紹介します。
各校によってカリキュラムは様々で、修士も博士課程も中心となるカリキュラムで大きな差異は無いのですが、博士の方が、実習期間が長かったり、研究に関する授業が多かったりするみたいです。
DPT課程修了まで大体3年ぐらい掛かりますが、多くのプログラムが夏学期から開始されています。最初は、解剖学等の基礎科目から始まり、やがて、薬理学、経営法、Evidence Based Medicine等も含めた、様々な理学療法専門教育(内容は日本のカリキュラムに似ている)を学んでいきます。
大学院レベルの学生は、アメリカの一般大学生のような夏季の長期休暇はありません。学生は授業だけでなく、勉強、レポート作成、グループワーク、ミニ試験対策(日本のように中間、期末試験のみでなく、小試験が沢山出る授業もある)等に追われ、かなり忙しい学生生活のようです。
ニューヨーク市の東側に位置するLong IslandにあるState University of New York, Stony Brook校のDPT課程は、3年間で143.5単位を履修といったハードスケジュールになっています。(http://www.hsc.stonybrook.edu/shtm/pt/curriculum.cfm)
アメリカのフルタイムの大学生・院生は、年間30単位(4年間で120単位)が標準的な取得単位数といわれているので、DPT課程がいかにより多くの単位数を要求しているかがうかがえます。
ほとんどの養成校で、GPAといわれる評定平均で総合的に良(B)以上を取ることが条件で、成績不振者は退学も余儀なくされません。又、初めての臨床実習も1年次の終わりから2年次にかけて、8週間と行い、その後、3年次までに別の8週間の実習を2回、最終学期で、16週間の実習を実施していきますので、この間の体調管理も重要となってきます。
このような状況下で、" I hope I can survive"(生き残れるよう願っているよ)といった言葉が、学生スローガンになっているみたいです。
アメリカの理学療法士教育実際 その2
アメリカの理学療法教育は、卒後、即戦力となるPT養成を目指しています。
養成校入学前に、大学レベルでの基礎科学、心理、社会学等の履修が殆どのプログラムで要求されていますので、理学療法学生は専門的な学習を集中して進めることが出来ます。
講義だけでなく、様々な実習を取り入れながら、3年から3年半の養成課程が終わる頃に、一人前のPTとして臨床に出て行くための教育が実施されているのです。
実習に関しては、一年次より段階的に臨床経験を積んでいくので、比較的、学生にとっては馴染みやすいシステムといえます。
また実習指導者は指導方法の十分な講習を受け、客観的な実習指導を行っています。
また、日本の理学療法養成校では、国家試験対策を行うと思いますが、アメリカの場合、あくまでも学生の自己責任に委ねていて、学校の方で対策を取ることはしません。
それでもアメリカのPT養成校を卒業した人のNational Physical Therapy Examination(国家試験に相当)の合格率は9割に達します。
アメリカのPTは開業権を持っているので、卒業後、開業出来るPTを養成しようとしているのです。
開業するためには、科学的な根拠に基づいた理学療法(EBPT)を経営戦略に沿って提供するための知識と技術が必要なため、それに見合った教育が提供されています。
研究環境として、学生時代から、教授の研究のお手伝いが出来る機会が多くあるそうです。
理学療法の研究を中心に行いたい学生には、研究に特化した修士課程や博士課程(Ph.D)もあり、研究や教育のアルバイトに従事することで奨学金や生活費も支援される機会が多いといえます。
研究機関と臨床施設が隣接していることも多く、臨床に即した実践的な研究が実施されています。
アメリカの理学療法士養成教育をみてみると、その門戸の大きさに感心させられます。
やる気のある学生にはとても恵まれた環境が整っているのだと考えられます。
アメリカの理学療法教育の未来
理学療法学に限りませんが、教育とは、新たな人材を育てる目的を持っているので、未来に繋がるものであるべきだと考えます。アメリカでの理学療法教育の未来にはどのような展望があるのでしょうか?
APTA(www.apta.org)が打ち出した2020年までの活動指針、Vision 2020では、全てのアメリカの理学療法士がDoctor of Physical Therapyを2020年までに取るべきだと明確に打ち出しています。そして、2020年に向けて、具体的な教育に関する目標がAPTAホームページのEducationページに掲載されています。
http://www.apta.org/Vision2020/
これらの詳細な、目標、具体的な計画をみていると、APTAが組織としてアメリカの理学療法の発展に大きく関わり、今後にも様々なサポートをしていこうとする、教育重視の姿勢がうかがえます。
近頃では、DPTの普及に加え、養成校、研究課程卒後の研修PT制度、Clinical Residency、Fellowship制度にも力を入れ始めています。
これは、医者の研修医制度に近いもので、卒後、臨床現場である程度スーパーバイズを受けながら、臨床技術と知識を向上させていくものです。十分な実習時間などの理由で、もともと新卒者の臨床能力が高くなる仕組みのアメリカのPT養成課程システムを更に裏打ちする体制で、将来的に益々アメリカのPTのレベルアップが見込まれるでしょう。
これは、一般の医師や歯科医等と地位的に肩を並べる理学療法学専門博士号(Doctor of Physical Therapy)取得を最低限レベルにしようとしているアメリカのPTには必須のシステムかもしれません。
昨年より、APTAが支援して、PT学生への奨学金充実させるよう、政治に働きかける活動も行っています。
より多くの優秀な学生を引き込み、全体の教育の質、続いて、臨床と研究の質を確保しながら、アメリカの理学療法教育の進化する未来を築いていこうとする様々な努力が、伺われます。
こんな姿勢がより良い教育を生み出していくのだなと痛感しております。