【著者プロフィール】
佐久間 善子
2017年 国際医療福祉大学 小田原保健医療学部 理学療法学科 卒業
理学療法士免許取得
順天堂医学部附属静岡病院 リハビリテーション科 理学療法士 入職
2021年 Imperial College London, Master of Public Health (公衆衛生学修士) 入学
2022年 Imperial College London, Master of Public Health 卒業
London School of Hygiene and Tropical Medicine, Research Assistant 入職

本稿では私がイギリス留学を志したきっかけと、イギリス留学に際しての準備についてお話しさせて頂きます。

イギリス留学を志したきっかけ

 海外旅行が好きだったこと、また親類が海外で医療職として働いていたこと、学生の時分に低中所得国でボランティアをした事、伊豆半島で勤めた事で国民皆医療保険のシステムの管理下においても医療にアクセスできない人が居る事実に驚いた事。今となってはイギリス留学に踏み切るきっかけが一体全体どれだったのか果たして明確ではありませんが、延命や革新的な医療を追求するのだけではなく、基本的な医療やその概念にすら触れることが叶わない人々のために理学療法士として何ができるのか、臨床以外の視点を学ぶためにMPHへの進学を決意しました。
 イギリスは他国と比較すると1年で修士の取得が可能、かつ知識を得ることに注力したTaught Masterと実験や研究手技を主に学ぶResearch Master(MSc)とで学位が分かれているので自身のニーズに合わせたコースの選択が可能なのが強みです。また、私の研究の興味対象は主に低中所得国における医療制度、かつフィールドでの調査をしたいと考えておりましたので、低中所得国と産官学において強いコネクションを持っている機関が多いイギリスは私にとって非常に理想的な留学先でした。

上へ ▲

志望校の探し方

 志望校探しは英語で書かれたホームページ、そこに散りばめられている膨大な情報との睨めっこの日々です。昨今Google翻訳など便利なツールはありこそすれ、干草の中から針を探すようなものですので、一番最初のとっかかりとしてQSなどが出しているランキングで自分の学びたい分野に絞って検索をかけることが良いのではないかと思っています。ランキングがもちろん全てではありませんが、その学校に実際に通われている方をSNSで探してみたり、連絡をしてお話を聞いてみたりと次のアクションを考えやすくなるかと思います。学費の補助制度や英語のスコアメイキング、出願プロセスの違いは国によって様々で一長一短ありますので、国を絞らず最初は広く選択肢を探してみることを個人的にはお薦めします。

上へ ▲

英語のスコアメイキング

 留学の経験もなく、社会人になってから本格的に英語の勉強を始めた私にとって、大学院入試のためのIELTSのスコアメイキングは一筋縄ではいきませんでした。IELTSのOAスコアを0.5あげるのに3ヶ月程度、時間にして200時間程度の学習が必要と言われていますが、学習を始めた当初IELTSのOA:5.0相当だったこともあり、結局志望校が要求するスコアを達成するのに3年近くかかってしまいました。むやみやたらにIELTSを受験し続けたがために、スコアメイキングに時間もお金も無駄に投資してしまったのですが、IELTSのスコアは取得から2年間のみ有効ですので、いつ本試験を受けるのかなども含めて、出願から逆算した時間軸を可視化しておくと私と同じ轍を踏まないで済むかと思います。

上へ ▲

学費や生活費の工面:奨学金

 まさに円安の波が押し寄せていた時期であったこと、またMPHは医学系のコースに分類されるためイギリスの中でも比較的学費が高く設定されていることもあり、年間の必要経費として学費600万前後+ロンドンでの生活費200万が最低でも必要でした。私は運良く奨学金を獲得する事が出来ましたが、学費や生活費の工面はやはりボトルネックかと思いますので、出来うる限り奨学金の獲得には積極的に挑戦して行った方が良いかと思います。奨学金の情報をまとめてくださっているサイトは多くありますが、個人的に参考にさせていただいていたXPLANEの奨学金データベースを貼っておきますので、参考程度にご覧いただければ幸いです。

上へ ▲

推薦状

 海外の大学院を受験しようと決めるまで、まさか受験に推薦状が必要だとは夢にも思っていませんでした。ですが海外での受験・就職を考えていらっしゃる方はどこまでもこの推薦状事情がつきまといますので、前職・現職共にお願いをできる方を早めに探しておくことを切にお薦めいたします。イギリスの大学院受験に関して申しますと、推薦状は多くの大学で2通、社会人経験がある方は前職の上司+研究の指導者、社会人経験がない方はラボの教授(卒業研究の指導教員)にお願いをするのが一般的です。基本的には役職についていらっしゃる先生にお願いする事になるかと思いますが、先生方にも転職や退官など様々なご事情があられます。ですので、大学院の受験をしたいと思った段階(可能であれば1年前から)で推薦状に関してご相談をさせて頂くのがベストです。

上へ ▲

イギリス留学のメリット・デメリット

 イギリスは修士課程が1年で修了するので、休職をしていて早く実務に戻りたい、修士課程に2年間も時間をかけていられないという人にとって良い選択肢になり得ると思います。ですが1年で学べる量・知識や技術を吸収しアウトプットしていける量にはやはり限界がありますので、卒後大きなキャリアチェンジを考えている方・海外で就職をしたい方にとっては必ずしもベストな選択肢とは言い難いと個人的には考えています。現に即戦力を求める傾向のあるイギリスで就職活動していた際には"1年間の修士、しかもTaught masterを卒業した学生が即戦力になるとは考えにくい"、"MPHの学生よりもMScの学生を取りたいと思っている"と言われた事は1度や2度ではありません。どの学位を取るか、自分の考えるキャリアパスに向けて1年制が良いのか2年制が良いのか、もっと受験前に慎重に考えるべきだったなと後悔しました。
 ですがその反面イギリス留学を行う大きなメリットとして、修士・博士過程の卒後にイギリスに残る事ができるGraduate Routeというビザが発行される事が挙げられます。このビザのおかげで修士課程の卒業者は2年、博士過程の卒業者は3年、預金額や就労オファーの有無関係無くイギリスで就職活動、または就労する事が可能になります。この期間にインターンシップで経験を積んだり、次につなげるための準備期間として有効活用する事が可能です。

上へ ▲

修士課程を終えて

 イギリスは修士を一年で修了できる分、本当に瞬きをする間に時間が過ぎ去ってゆきます。今でこそイギリスの気候や風土、文化を楽しむ余裕が生まれましたが、図書館に籠りきりにならず、もっと社交にも力を入れればよかったなと痛感しています。皆様がイギリスに来られた際には是非夏のイギリスの過ごしやすさと、秋冬の驚くべき日照時間の少なさをぜひ体感してみて下さい(ロンドンの台所Brough Marketのカオマンガイは必食です)。
 海外への留学というと華やかに聞こえますが、蓋を開けてみると英語環境での学習、外国人として知らない土地で生活を立ち上げる難しさ、永遠に返ってこない問い合わせのメール……等々、日本での常識が通用せずに苦労することも少なくありません。留学に興味がある方の背中を押すお手伝いを、微力ながらさせて頂きたくこの記事を書いておりますが、だからこそ、留学すること自体を目的にするのではなく、あくまでも留学は自身のキャリアゴールに到達するための手段であり通過点に過ぎないことを前提として留学準備を進めて頂ければ良いなと切に願っております。自分の到達したい目標さえ定まっていれば、いざ留学をして辛い時にこそ、踏ん張る力になると思います。
 様々書かせて頂きましたが、留学をしようといざ思い立っても、周りを見渡してみると身近に留学経験のある人がいない、どのように準備を進めて良いか分からないといった方も多いことかと思います。理学療法の手技習得や疫学・感染症分野などで留学されていた先生をご紹介することも可能ですし、MPHやイギリス留学に限って言えば私が多少お力になれるかと思いますので、いつでも気兼ねなくご連絡を頂ければ嬉しいかぎりです。
E-mail: ysksh1108[at]gmail.com(atを@に代えてください)
Twitter: @yoshiko_sakumph
Profile: https://www.lshtm.ac.uk/aboutus/people/sakuma.yoshiko

Imperial College Londonの象徴でもあるQueen's Tower。ビクトリア女王の即位50周年記念に建設されたImperial Instituteの遺物。

上へ ▲