【著者プロフィール】伊藤智典
理学療法士。青年海外協力隊(JOCV)隊員として2004〜2006年までエチオピアで活動。2007年から渡英。

1.協力隊から帰国後

 青年海外協力隊の活動が終わり、2006年12月に帰国した私は、何かとてもやり切れない気持ちになりました。何かをやり残しているような感じです。また、日本語力の低下や逆カルチャーショックと呼べるようなものとあいまって、とても窮屈に感じました。

 私がアフリカで見たものは非現実的で、まるで夢のようです。日本はいつも電気・ガス・水道があり、スーパーマーケットに行けば新鮮な肉や魚など、何でも買う事ができます。ですが、エチオピアの私が住んでいた街では今も健康的な生活を享受できない人々がたくさんいます。

上へ ▲

2.協力隊後のイギリス留学のきっかけ

 より多くの人々の健康にかかわる事が出来ないかと考える毎日でした。その結果得た答えは、海外で公衆衛生学を勉強する事でした。世界中のより多くの人々と係わる為には、語学力が必須だといえます。

 協力隊に参加したおかげで英語はかなり上達したものの、まだまだ改善が必要です。その上、私は英語とアムハラ語は話せますが、他の言葉はあまり出来ません。

 そこで英語圏の国に絞って色々調べた結果、アメリカや多くの国における教育システムでは修士号を取得する為に少なくとも2年間が必要ですが、イギリスでは1年だと知りました。また世界的に公衆衛生が有名なので、イギリスに留学することにしました。

上へ ▲

3.イギリス留学の為の語学

 イギリスの大学入学の為には、IELTSという英語試験で一定以上のポイントを取らなくてはなりません。試験は1点から9点、0.5点刻みで評価されます。内容はリーディング、ライティング、スピーキング、リスニングの4部で構成され、アカデミックとジェネラルの二つのモジュールのうち、留学希望者はアカデミックを受けます。

 学部や大学によって必要な点数は異なりますが、多くの大学院では6.5以上を要求しています。日本でこの試験を運営するBritish Council Tokyoによると、6.5点以上は日本の英語検定の準一級以上、TOEICでは900点以上だそうです(試験方法が異なるので必ずしも一致しません)。

 もし点数に足りない場合には事前に英語コースを受ける事で語学の上達と共に、基礎的な知識と勉強技術を学ぶ事ができます。

上へ ▲

4.留学の為の語学勉強

 日本には東京と大阪にBritish council が2つあり、ともにIELTS受験の為の語学コースを開いています。もちろん他の機関でも学べるのですが、乱立する語学学校の中、British Councilは質の高い講師陣と英語教育が有名と聞き、そこで語学を勉強することにしました。

 仕事をしながら週2回の語学勉強は予想以上に苦労しましたが、その結果、大学院入学の事前クラスを受けられる程度の英語能力を取得する事が出来ました。語学勉強の為には環境が大きく影響すると思い、積極的に英語に触れるよう努力しました。

上へ ▲

5.イギリスの留学先 University of Wales Swansea

 British Councilでは語学教室以外にもイギリスの文化や留学先についての情報紹介をしており、無料で代理店の開く留学相談に参加することなどもできました。

 その中で(有)ハッピーグローバル ご留学どっとこむ(www.goryugaku.com)さんに紹介された大学が、私の今在学するUniversity of Wales Swanseaでした。

 ウェールズはイギリスの中でも独自のスタイルで健康増進に取り組んでいる事、実践的なカリキュラムの内容、そしてビーチサイドに面する美しい環境(まるで卒業した高知医療学院の様です)を理由に決めました。

 研究計画、志望動機、経歴書、2枚の推薦状などを送った所、6.5点以上の英語能力を条件に合格が決まりました。この場をお借りして、推薦状を書いて戴いた高知医療学院(当時)の板場英行先生と佛教大学の得丸敬三先生に深く感謝を申し上げます。

上へ ▲

6.イギリス、ウェールズの留学生用の準備コース

 ウェールズでは大学や大学院入学前にプレセッショナルという留学生用の語学コースを設けています。私は渡英後、約1ヶ月半のコースを受けました。8月に渡英し、9月末の入学まで、毎日英語漬けの環境でした。当初は大学寮に住んでおり、他国の留学生達と触れ合い、良い環境の中で勉強が出来ました。

上へ ▲

7.イギリス、ウェールズの医療と理学療法事情

 イギリスではNational Health Service (NHS)という組織が医療・福祉を運営しています。イギリス(The United Kingdom)はイングランド・スコットランド・北アイルランド・ウェールズという4つの国に分かれており、それぞれ独自のシステムで、また時に協働して保健政策を実施します。
 日本と同じ国民皆保険ですが、大きな違いは、ほぼ全て国営で行われているという点です。医療従事者は卒業後、政府に登録することで職名を名乗り、勤務をする事が出来ます。
 理学療法士は定められたコースを修了すると投薬処方が出来ますが、Patient direction groupという指針に沿って行います。また街中には私立のPhysio Clinicがあります。
 面白いのは彼らがJapanese ShiatsuやYogaなど、Oriental methodをうたい文句にしている所です。海外の理学療法士が勤務する場合は事前に書類申請が必要で、その際、勤務に十分な英語力が必要です。

上へ ▲

8.イギリス、ウェールズ -ナーシングケアホームでのボランティア活動-

 法律上、理学療法は行えませんが、私、ナーシングケアホームでボランティア活動をしていました。10人くらいが住める大きな家を改造した所で看護師、介護士らが交代制で勤務をしている、小規模な施設です。
 ウェールズの高齢化は日本ほど進んでおりませんが、脳血管障害の方など、在宅での介護が難しい状況の人がそれらの施設に入所しています。
 1ヶ月以上前、寝返りが不可能な重度の左片麻痺と失語症を有する方が病院から送られてきました。評価をして欲しいと看護師に言われてみたところ、左上肢に感覚障害と強い痛みを有し、拘縮が進行しています。
 定期的な理学療法の必要性を感じて看護師に伝えました。施設等で理学療法が必要な場合、看護師が地元のNHSに要請をするそうです。

上へ ▲

9.イギリス、ウェールズの公衆衛生と健康増進

 イギリスで病気になった人の多くはまず、地域のかかりつけ医(General practicioner)に診てもらい、処方を受けます。
 ウェールズが他の国と異なる点は、処方代が無料だという点です。
 この為、イングランドなどから患者が来る事もあり、Intermediate Careにかかわる保健員の知人によると、「持続性に疑問がある」とのことです。全患者の20%程度の人が6ヶ月以上治療を待っているという報告もあり、確かに改善の余地はありそうです。
 一方で、公衆衛生・健康増進に対する取り組みは目を見張るものがあります。例えば、性教育です。HIVや若年出産が深刻な社会現象となっているウェールズでは、若年者の性教育において、避妊用具の入手・使用方法など、学校のみならず街づくりの一環として取り組んでいます。
 キーワードは「パートナーシップ」、「Enable(出来る様にする)」ことだと考えられます。

上へ ▲

10.まとめ

 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。コラムの中で、理学療法士としてのターニングポイント、アフリカでの海外協力隊の経験から、イギリス留学と在学中について述べました。
 公衆衛生・健康増進は医療のみならず、社会を巻き込んだ集団的なアプローチで、個人の健康行動を変化し、持続的な発展へと繋げる役割を持つ重要なものと言えます。
 日本は西洋文化の考えを追随するように保健政策を作成しますが、如何に日本式へと工夫するかという点において、日本人特有の技術や経験が試されていると感じます。
 理学療法士としては、よく見る「転倒予防教室」でしょうか。立法化やコスト、全人的(Holistic)な利益を社会評価として持ち込み、伝統的日本が持つ「寄り合い」や「近所付き合い」などの利点を活かせば、日本はより、他国に対してのモデルケースとして誇る事の出来る国になるのでしょう。

上へ ▲